第000号文書「外されなかった笹について」
観測 二〇二六年七月七日、七夕。笹飾りは翌八日に外し、川に流すか焚き上げて処分するのが慣わしである。
栄町商店街の笹は、その年、外されなかった。
外す係は金物屋の堀口と決まっていたが、堀口は七月八日の明け方に盲腸で運ばれた。十日後に退院して脚立を持ち出すと、笹にはもう新しい短冊が増えていた。「宿題がおわりますように」「ベスト8」。子どもの字だった。堀口は脚立を畳んだ。願いごとの下がった笹を切る道理を、金物屋は四十年の商売で仕入れていなかった。
九月、短冊は「運動会晴れ」になった。十一月、「灯油が上がりませんように」。一月には破魔矢のとなりで「合格」が三十七枚下がり、笹はいよいよ竹の色を失った。商店街の誰も何も言わなかった。言わないかわりに、皆すこしずつ書いた。
翌年の六月末、市役所から職員が来た。占用許可は七月八日で切れています、と若い声で言った。堀口は帳場から出て、七日まで待ってくれ、と言った。職員は笹を見上げ、書類を見て、もう一度笹を見上げた。短冊は幾重にも重なって、風が吹いても一枚ずつは鳴らなかった。
七月七日の夕方、二人は並んで笹の前に立った。新しく書きに来た客は、みな短冊を持ったまま帰った。差す場所が、一寸もなかった。一年ぶんの願いに塞がれて、その商店街の七夕だけが、誰にも願えない日になった。
職員が屈んで、いちばん下の、雨に打たれて字の流れかけた一枚をめくった。去年の七月八日の日付があった。
「かなものやさんが はやくかえってきますように」
堀口は職員から短冊を受け取り、胸ポケットに差した。それから店に戻り、四十年使った鋸の、目立てを始めた。
目録カード 種: 七夕(暦) / 制約: 二人 / 記録係の付記: 願いには書く場所が要る。当館の書架事情と同じである。