第3章 粘土の玉が文字になる — トークンから楔形数字へ

いまの世界

前の二つの章で、あなたが手にした知恵を確かめておこう。

数えるものが多すぎて頭で覚えきれないときは、頭の外に「ひとつにつき、ひとつ」の印を置けばよい。骨の刻み目は、朝の数だろうと狩人の数だろうと、中身が何であれ同じ列になった。そして月の満ち欠けが同じ長さで繰り返すこと——同じ巡りが戻ってくること——を知り、それを使ってまだ来ていない先の日を見通せることも学んだ。

いまから6千年ほど前。あなたが暮らす世界は、あの狩りの時代とは似ても似つかない。

あなたたちはもう獲物を追い歩かない。川のほとりに麦を蒔き、実れば刈り取る。羊や山羊を囲いで飼い、乳と毛を得る。人びとは土を固めて壁を積んだ大きな集落——町——に集まって住み、そこには神殿が建っている。神殿は土地の多くを持ち、大勢の羊飼いと畑仕事の者を雇い、獲れた麦や羊を蓄え、また分け与える。町と町のあいだには、荷を積んだロバの隊商が行き来し、遠くの土地から石や木材や金属を運んでくる。

あなたは、この神殿に仕える記録係の助手だ。日々の仕事は、神殿に出入りする羊、麦、油、布を数え、誰が何をどれだけ持ち込み、誰に何をどれだけ渡したかを、確かに残しておくこと。

骨に刻み目を刻む術は知っている。だがこの仕事には、骨は向かない。神殿に運び込まれるのは日々でも狩人でもない。羊もいれば麦の升もあり、油の壺もある。種類がまるで違うものを、同時に、大量に数えねばならない。ひとつの骨に刻み目を刻み続けても、それが「羊」の数なのか「油壺」の数なのか、骨を見ただけではわからなくなってしまう。

場面

(以下の場面は想像である。ただし、粘土で作られた種類別のトークン、それを封じた粘土の封筒、封筒の表面に押された印、そして数の記号が刻まれた粘土板——これらはすべて実際にメソポタミアの遺跡から出土している。章末「その後」を見よ。)

神殿の記録係は、この「種類が違う」問題をとうに解決している。彼は棚から、乾かして焼き固めた小さな粘土の玉をいくつも取り出して見せてくれた。

円錐形の小さな玉——これは羊一頭を表す。卵形の玉——これは油一壺。円盤形——これは麦の升。形が違えば、表すものが違う。羊が十頭運び込まれれば、円錐の玉を十個、器に入れておく。油壺が三つ納められれば、卵形の玉を三個。骨の刻み目と同じ「ひとつにつき、ひとつ」の対応づけだが、玉のによって、何を数えているかが一目でわかるようになっている。

「これがあれば」と記録係は言う(この台詞は想像である)。「神殿の蔵にいま何がどれだけあるかは、いつでも数えられる。羊の玉を全部出して並べれば、羊の数がわかる」

あなたはその仕組みに感心する。だが記録係は続けて、別の話を始めた。

「明日、遠くのA(あ)の町へ、羊を三十頭と油壺を五つ送る。先方の神殿に届けさせ、こちらでは羊の玉三十個と油壺の玉五個を、送り状としてお前に持たせる。先方は届いた羊と油壺を、お前の玉と突き合わせて確かめるのだ」

問い

隊商は何日もかけて、山を越え、川を渡っていく。あなたは羊と油壺の玉を、小さな革袋に入れて懐に持つ。

もしこの革袋の中身が、途中で減っていたら——あるいは増えていたら——先方はそれをどうやって見抜けるだろうか?

考えてほしい。玉はただの粘土の塊で、どれも同じ形をした円錐や卵形が並んでいるだけだ。革袋を開けて玉を数え、こっそり何個か抜き取って懐に入れてしまえば、袋の外から見ても中身が減ったことはわからない。逆に、隊商のうちの誰かが余分な羊を運びながら、それに見合う玉をこっそり足して、届け先で余分に受け取った分を着服することもできてしまう。

あなたの手元にあるのは粘土、水、そして焼く火だけだ。革袋の代わりに何を使えば、道中で玉が抜かれたり足されたりしていないと、届いた側が確かめられるだろうか?

考えてから先へ進もう。 ここで一度、本を置いて考えてほしい。


ヒント 1

記録係はこう言った(この台詞は想像である)。

「革袋は開けたり閉じたりできる。開けても跡が残らないものは、だめだ」

骨の刻み目を思い出してほしい。あの骨のよさは、一度刻んだ跡が消えないことだった。玉を運ぶ入れ物にも、同じ性質——一度封じたら、壊さない限り中身に触れられない——を持たせられないだろうか。


ヒント 2

あなたの手には、いつも粘土がある。玉を作るのと同じ粘土だ。

粘土は、湿っているうちは自由に形を変えられる。そして乾かせば、あるいは火で焼けば、固く縮まない形になって残る。

玉を、湿った粘土でまるごと包んでしまったら、どうなるだろう?


当時の推論

あなたは、羊の玉三十個と油壺の玉五個を器にまとめ、それを湿った粘土でくるんで、握りこぶしほどの中空の玉に仕立てる。表面をならし、日陰で乾かす。乾いた粘土の玉は硬く、指で押しても割れない。中の玉は、もう外から触れない。

これを届け先で受け取った者は、玉を——記録係が言うところでは「玉」ではなく「封じた玉」——割って、中から出てきたトークンを、届いた羊と油壺の実数と突き合わせる。数が合えば、道中で何も抜かれても足されてもいないと確かめられる。合わなければ、隊商か、あるいは送り主の不正が疑われる。

この粘土の封筒——記録係の言葉ではないが、ここでは「封じ玉」と呼ぼう——は、革袋にはなかった性質を持っている。壊さなければ、中身を変えられない。そして壊した跡は、隠せない。 割れた粘土は、二度と最初の丸い形には戻らない。革袋の紐は結び直せるが、粘土の殻は結び直せないのだ。

割らずに知りたい

隊商が発って数日、あなたは神殿の蔵で、この封じ玉をいくつも扱ううちに、ひとつの不便に突き当たる。

蔵には、まだ届け先に送っていない封じ玉、逆によそから届いてまだ確かめていない封じ玉が、いくつも積まれている。どれに羊が何頭分、油壺が何個分入っているかは、割ってみなければわからない。だが割ってしまえば、その封じ玉は二度と使えない——もう一度別の場所へ運ぶときには、新しく粘土を練って作り直さねばならない。

記録係が新しく届いた封じ玉を前に、腕組みして言う(この台詞は想像である)。「これに何が入っているか、いちいち割って確かめていては、蔵の封じ玉がいくつあっても足りん」

問い

割らずに、封じ玉の中身——羊が何頭分か、油壺が何個分か——を知る方法はあるだろうか?

手元にあるのはやはり粘土だけ。中の玉を透かして見る術はない。だが、封じ玉を作る手順そのものは、あなたが何度もやってきたことだ。もう一度、その手順を思い出してほしい——玉を器にまとめ、湿った粘土でくるみ、表面をならして乾かす。

考えてから先へ進もう。


ヒント

封じ玉を包む段階、粘土はまだ湿っていて柔らかい。そこに何かを押しつければ、跡が残る

骨に刻み目を刻んだときのことを思い出してほしい。石の刃を骨に当てて動かせば、消えない溝ができた。同じように、柔らかい粘土に硬いものを押しつければ、そこに窪みの形が残る。

あなたの手には、円錐や卵形をした、硬く焼いた玉がある。それを、まだ柔らかい表面に押しつけたら?


当時の推論

あなたは試しに、封じ玉を作る途中——粘土がまだ湿っているうち——に、中に入れる羊の玉を、表面にひとつずつ押しつけてみる。円錐の先を粘土に突き立てると、そこに円錐形の窪みが残る。三十頭分なら、三十個の円錐の跡を表面に並べて押す。油壺の玉も同じように、五個分の卵形の跡を押す。それから、玉そのものを中に納めて封じる。

出来上がった封じ玉の表面には、いま中に何が何個入っているかが、跡の形と数としてそのまま浮き出ている。円錐の窪みを数えれば羊の数、卵形の窪みを数えれば油壺の数。割らなくても、表面を眺めるだけで中身がわかるようになった。

記録係はこれを見て、しばらく黙っている(この場面は想像である)。それから、封じ玉をひとつ手に取り、表面の窪みを指でなぞりながら、あなたに問う。

問い

「見てみろ」と記録係は言う。「この表面には、羊三十頭分の円錐の跡と、油壺五個分の卵形の跡が、はっきり残っている。中には、その通りの数の玉が入っている」

「ここでお前に聞きたい。もし表面にこの跡さえあれば——中の玉は、なくても構わないのではないか?

考えてみてほしい。封じ玉を割って中身を確かめるのは、届いた羊や油壺の実数と、玉の数を突き合わせるためだった。だが表面の窪みの形と数は、玉を割らずとも、玉の数をそのまま教えてくれる。中の玉が伝えていた情報と、表面の跡が伝えている情報は、同じではないだろうか。玉があってもなくても、割る前から答えはもう表面に出ている。

考えてから先へ進もう。 これはこの章でいちばん大事な問いだ。じっくり考えてほしい。


当時の推論

あなたは記録係の問いに、しばらく答えられない。玉を作り、それを封じ、その封じ玉に玉の形を押しつける——このひと続きの作業のなかで、いつのまにか、同じことを二度していたことに気づくからだ。

中の玉が「羊三十頭」を表し、表面の跡もまた「羊三十頭」を表している。中身は、表面の跡を作るための道具になっていただけで、跡ができてしまえば、もう用は済んでいる。

ならば、と記録係は続ける(この台詞は想像である)。「玉を作って、封じて、跡を押す——という手間そのものが、もういらないのではないか。最初から、平らな粘土の板に、円錐の形の道具を押しつければよい。中身のない、板一枚で済む」

あなたはこれを試す。丸めた粘土を、封筒のような中空の玉ではなく、手のひらに収まる平たい板に伸ばす。まだ柔らかいそこに、円錐形の道具の先を三十回押しつけ、卵形の道具の先を五回押しつける。板が乾けば、それだけで「羊三十頭、油壺五個」という記録が残る。玉を作る手間も、封じる手間も、割る手間もいらない。あるのは板と、跡だけだ。

これは、これまでの仕事のやり方をひっくり返す発見だ。羊というの代わりに玉というを使っていたのが、これまでのやり方だった。だが板に残るのは、羊でも玉でもない。円錐の——羊を数えるための、しるしそのものだ。しるしは、粘土からもぎ取って渡すことも、削って消すこともできない。ただ、そこに残る。

数がひとりで立つ

板の上に円錐の跡を三十個押していく作業を、あなたは何度も繰り返すうちに、また新しい不便に気づく。

三十個の跡を、ひとつひとつ数えるのは、骨に刻み目を三十本刻むのと同じ苦労だ。羊が三百頭になれば、跡も三百個押さねばならない。骨のときに気づいた「かたまりに区切る」工夫を思い出してほしい——あれと同じ発想で、たくさんの跡をまとめて表すしるしが要る。

記録係はここで、羊の跡とは別に、丸い棒の先を粘土に押しつけて作る、小さな円い窪みや、棒を斜めに押し当てて作る楔形の跡を使い始める(この場面は想像である)。楔ひとつが「一」、小さな円い窪みひとつが「十」、ひときわ大きな楔が「六十」を表す、という約束を、あなたは記録係から教わる。羊の絵——のちに簡単な線で描かれるようになる——のそばに、この円や楔の跡をいくつか押せば、羊が何頭かがわかる。円錐の跡を頭数ぶんだけ並べる必要は、もうない。

ここで起きていることを、落ち着いて見つめ直してほしい。円や楔の跡は、羊のためだけの跡ではない。同じ円の跡は、油壺の板にも、麦の升の板にも押される。「十」を表す跡は、それが羊の絵のそばにあろうと油壺の絵のそばにあろうと、同じ形で同じ「十」を表す。かつて、円錐の玉は羊そのものと固く結びついた形だった。羊のと羊という品物は、ひとつの玉のなかで分かちがたかった。だが円や楔の跡は違う。それは品物から離れて、それだけで「いくつ」を運べるしるしになっている。

「羊が三十頭」の三十が、はじめて羊から独立して、あなたの手のなかにある。

わかったこと

次章では、この「独立した数」が、どこまで大きな量を、どれだけ正確に運べるかを試すことになる。

その後

現代の言葉で言えば、この章であなたが辿ったのは、考古学者デニーズ・シュマント=ベッセラ(Denise Schmandt-Besserat)が提唱した「トークン理論」の骨格である。彼女は西アジア各地から出土した8千個以上の小さな粘土製品を調べ、紀元前8千年紀ごろから使われ始めた素朴なトークン(円錐・球・円盤など)が、紀元前4千年紀にかけて、封筒(ブッラ)への封入、表面への刻印、そして平たい粘土板への刻印という段階を経て、最終的にメソポタミアの楔形文字(数の記号)へとつながったと論じた。ブッラの表面に印を押せば中身のトークンが不要になる、という飛躍は、彼女の理論のなかでもっとも重要な転換点とされる。この理論は “How Writing Came About” (University of Texas Press, 1996) をはじめとする一連の著作にまとめられている。

史実の留保。まず、この章の場面・人物名・台詞・「A の町」はすべて想像である。確かなのは物証と、そこから研究者が組み立てた発展の筋道だけだ。

出典